山の井の大納言(藤原道頼)や、これに次ぐ官位でお身内ではない方々が、黒いものを散らしたように、藤壺の塀のもとから登花殿の前まで居並んでいる所に、関白殿がほっそりと優雅に御佩刀などをおとり直しになり佇んでいらっしゃると、中宮の大夫殿(藤原道長)は、戸の前に立たれているので、ひざまずきはなさるまいと思っていると、関白殿が少し歩まれて行かれると、すっとひざまずかれたのは、やはり関白殿の前世での善業がいかばかりであったかと拝見し、大いに感動したことだ。 頭の中将の~第八十二段 (一) 頭の中将の、すずろなるそらごとを聞きて、いみじう言ひ落とし、「何しに人とほめけむ」など、殿上 (てんじやう)にていみじうなむのたまふ、と聞くにも恥づかしけれど、まことならばこそあらめ、おのづから聞き直したまひてむと笑ひてあるに、黒戸の前など渡るにも、声などするをりは、そでをふたぎてつゆ見おこせず、いみじう憎みたまへば、ともかうも言はず、見も入れで過ぐすに、二月(きさらぎ)つごもりがた、いみじう雨降りてつれづれなるに、御物忌みにこもりて、「『さすがにさうざうしくこそあれ。
もっと主殿司の職員に「(殿上の間には)誰々がいますか?」って訊ねたら、「あの人と、この人と…」って言うのね。 女官たちの憧れの職業だったそうです。 これは、枕草子の中の『われぼめ』と呼ばれる、清少納言が宮中で才知を発揮して、周囲の人々からほめられたエピソードのひとつです。
もっと主殿司は(返事を急かして)、「早く早く。 【現代語訳】 「御几帳の後ろにいるのは誰か」と大納言殿がお尋ねになっているに違いない。 (二) いみじく憎みたまふに、いかなる文ならむと思へど、ただ今急ぎ見るべきにもあらねば、「往ね。 係り結び。
もっと給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。 ひどく冷える時期なので、差し出された中宮様のお手が袖口からわずかに見えるのが、とても艶やかで薄紅梅色で、この上なくすばらしいと、そしてはなやかな宮中を知らない里人である私の心には、このようなすばらしいお方もこの世にはいらっしゃるのだと目が覚めるほどの気持ちがして、じっとお見つめ申し上げる。 」と言ふ。 【現代語訳】 二月の月末に、風がめっちゃ吹いて、空が真っ暗で、雪が少し散っているころ、 黒戸に主殿司が来て、「ごめんください」って言うから近寄ってみると、 「これは公任の宰相殿のお手紙です」といって差し出したのを見ると、懐紙に、 すこし春ある心地こそすれ(少し春らしい感じがするね) と書いてあって、ホント今日の空模様にピッタリで、この上の句はどうやってつけようかと思い悩んでしまったわ。
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